2010年9月8日水曜日

2001年宇宙の旅 (1968 アメリカ、イギリス)

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午前10時の映画祭で鑑賞。

最初に観たのは1978年、19才のとき。1968年封切から10年後にリバイバル上映されたときのことである。
場所は、当時では珍しい、というか今でも珍しいリクライニングシートで、これまた当時は珍しかった入替制だった名映画館の誉高いテアトル東京。

その後、DVDでも観たが、何回観てもその凄さに圧倒される。

ただ、最後に観てから結構な年数が経っているため、忘れていることも幾つか。

例えば、映画の前後に、何もスクリーンに映さず真っ暗なままクラシック音楽だけが流れ続けるなんて覚えてなかった。

あと、新しい発見もあった。それは飛行機の前席の背もたれのモニター。

いまやエコノミークラスでも普及してきたが、42年前にこの映画で予言されていたわけだ。実際には予言というより、この映画にヒントを得て実現したのかもしれないが。

というのは、飛行機はおろかNASAのロケットですら、その造形だか色だかは、この映画でそうなっていたのを真似たからだとNASAの人が言っているのを何かの番組で観たことがある。

もちろん後世のSF映画にも多大なる影響を与えたことは言うまでもない。

ところで、この映画の前半は、モノリスに触った類人猿が進化するほかは取り立てて何も起きず、クラシック音楽が流れるゆったりしたシーンが連続する。映画が始まってから最初のセリフが発せられるまでに、実に25分38秒かかるそうだ。

そんな映画に飽きてしまったらしく、前半は、もぞもぞ動く人が多数。初めて観る人も多かったのだろう。後半になったらなったで、初見の人には難解であろうシーンの連続。それでも感動してくれていれば良いのだが。

余談だが、本作では、『美しき青きドナウ』と『ツァラトゥストラはかく語りき』(今は『ツァラトゥストラはこう語った』というらしいね。違和感あるなー。)が効果的に使われていることは周知の通り。

だが、私は恥ずかしながらどちらもヨハン・シュトラウスの作品だと思っていた。エンドクレジットで、前者はヨハン・シュトラウスの作曲によるものだが、後者はリヒャルト・シュトラウスの作品だと知って驚き。同じ名字なので、同じ人と勘違いさてたようだ。しかも、wikiで調べてみると、二人は血縁関係がないという。うわー、恥ずかしい。

あと、間違えた解釈をしていたところがあったことも今回知った。

類人猿が投げる骨が後年の宇宙船に繋がったと解釈していたのだが、最初に映る宇宙船らしき物は実は宇宙船ではなく、軍事衛星だそうで。つまり、人類最初の殺人武器が大量破壊兵器に繋がったというシーンなのだそうだ。

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